2016年5月26日木曜日

私的使用のコピー譜に関する解説 (演奏上の譜めくりに必要な部分のコピーの解説も含む)

 先日、とある人から「製本された楽譜を買って、汚くなるのが嫌だからコピーして、それを使うのって良いのですか?」と聞かれました。音楽や演劇など、芸術本体の設計図的な役割をする楽譜や脚本を扱う再現芸術の分野で活動してれば、この問題はかなり現実的なものです。
 さて、私は一応、この分野では国家資格(笑)を持っていますが、著作を作りだす著作者であり、かつ著作権者として出版社も運用する立場を踏まえて私の意見を書くことにしました。本文は、ツイッターに書いた文章に加筆したものです。皆さんの著作に関する権利の理解の啓蒙に貢献できれば幸いです。

 さて、まず「製本された楽譜を買って、汚くなるのが嫌だからコピーして、それを使うのって良いのですか?」という質問は、日本の著作権法的に考えると、以上のような用途は「私的使用」にあたるのか?という質問となります。「私的使用」は、著作権法の第30条に規定されている用語で、「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること」と定義をされています。日本の著作権法は、私的使用において複製、つまりコピーを認めています。
 最初に断っておきますが、まず私は現段階で、この質問に合致するような日本国内の判例を持ち合わせていないので、日本の裁判所の判断はわかりません。ただ、まず米国ではダメだ、と解釈されています。

 もちろん、日本は米国ではありませんが、とりあえず、まず細かな説明をする前に著作権法とは何なのか、ということも含めて、おさらいをしておきたいと思います。

<法目的と手段>
 さて、まず著作権法というのがどういう目的で存在しているのか、という法目的について確認をしましょう。著作権法の目的とは「文化の発展に寄与すること」です。このことは、著作権法の第1条にも書かれてあります。ちなみに、米国の著作権法を含めた知的財産権の関連法律群の目的は「to promote the progress of science and useful arts(科学と有用な芸術の発展を奨励する)」です。その手段として、公正な利用を鑑みた上で、対象となる著作物を定義し、著作者に一定の権利を、一定期間認め、保護の対象としている、というわけです。
 著作者に認められた権利、というのには各国の著作権法により、色々と差がありますが、米国のものは割とわかりやすく5つにまとめられていますので、ここではそれを紹介することにします。日本も基本的には同じです。

 著作者は
  1. right to reproduce
   著作物を複製する権利をもつ
  2. right to make derivative works
   著作物から、二次創作や編曲、改変作など派生作品を作る権利をもつ
  3. right to distribute
   著作物の複製を公に流通・販売する権利をもつ
  4. right to perform
   著作物を公に演奏・上演する権利をもつ
  5. right to display
   著作物を公に展示する権利をもつ

 以上が著作者に独占的に認められています。これらの権利は、個人著作の場合、日本では著作者の死後50年後まで、著作権者に認められているわけです。また、これらの権利は譲渡することも可能ですので、著作者が著作権者とならない可能性もあります。

 ここまでの説明で、まず、著作権法は、著作から派生する権利を認めているが、無制限ではないことがお分かりいただけると思います。無制限ではないのは、そうすることが「文化の発展に寄与すること」という目的に反する、と判断されているからです。

<私的使用>
 著作権法は、公正で現実的な利用と判断される事柄に対して権利にいくつか制限を設けています。その代表的なものが第30条の「私的使用」規定で、私的使用であれば、複製権の保持者に許可を取らなくても著作物の複製は許可されている、というものです。
 まず、「私的使用」というのを、おさらいしておくと「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること」でした。じゃあ、それを満たせばOKか、というと、さらに条件があり、「使用する者が複製すること」ことと、書籍触媒となっているものに関しては「公衆にあってお金を入れて使うような、いわゆるコピー機を使って複製していないこと(第30条第1項まとめ)」という2点も満たす必要があります。

 最初の質問は、「製本された楽譜を買って、汚くなるのが嫌だからコピーして、それを使うのって良いのですか?」でした。まず、「使用する者が複製すること」「公衆にあってお金を入れて使うような、いわゆるコピー機を使って複製していないこと」を満たしていない場合、私的使用の条件に入らないのでダメです。条件を満たしている場合は、コピーする理由はどうであれ「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること」に当てはまるかが問題となります。では、「個人的な利用」とはどういうものか、考えてみましょう。


個人的な利用
 最終的には、この部分に関しては判例を参照するしかないので、私の意見だ、ということを先に断っておきます。まず、「個人的な利用」というの逆を考えてみましょう。「個人」の対義語は「大衆」「社会」とか「団体」となります。ですので、「大衆的な利用」「社会的な利用」「団体的な利用」というのは「個人的な利用」とは考えられないわけです。
 そうなると「製本された楽譜を買って、汚くなるのが嫌だからコピーして、それを使うのって良いのですか?」という問いには、楽譜を購入したことや、コピーの目的が問題ではなく、「複製物をどこで、どう使うのか?」ということが問題となることがわかると思います。「自分の家で、自分の練習と勉強のために使う」のであれば、私的使用と認められると思います。「公衆の場、団体活動の中で使う」となれば、私的使用とは認められないでしょう。「練習は自分の家だけど、のちに社会的に、または社会に向けた演奏活動を行うため」では、どうでしょうか?おそらく、私的使用とは認められないでしょう。つまり、個人が集団活動や(やがて)公となる活動に参加した時点で、裁判所は私的使用と認めてくれないのではないか?ということとなります。
 基本的に「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内」というのは、非常に狭いものです。例えば「じぶんちで、じっちゃんと熱海殺人事件(つかこうへい・作)を二人で演じて楽しんだ」くらいの範囲しか認められていない、と思ったほうがよいでしょう。


認められていないコピー譜を使って(もとにした)演奏をすると
 第49条の規定に従って、複製をした、こととみなされ、複製権を侵害したことになります。


まとめ
 楽譜のコピーの問題は色々あると思うのですが、楽譜を買った、という行為が、書物という複製物かつ消耗品を購入した、と思えない人の気持ちも、私は十分理解しているつもりです。しかし、書物を個人的に購入したことを根拠に、「個人的活動」が無限に広がる!と考えて「私的使用」を解釈していくは、やめた方が良いかと思います。
 ただ、特に音楽というものに対して、このように考える人たちが多く、そう考えてしまう理由も理解しているつもりなので、自分で出版社を持っている私としては、上手く今の時代やテクノロジーと会うようにやりたい、と思っています。

 著作権が保護されるのは、それが「文化の発展に寄与する」ための手段となりえるからです。私は自分の楽譜の価格と入手方法を可能な限りリーズナブルなものにしようと努めてきたつもりです。もちろん、それは日本だけでなく世界各国の様々な利用者の状況、特に日本とは相対的に経済が豊かでない国々の人たちからの声を鑑みた結果なのですが、もしそのことで私が音楽活動ができなくなってしまっては困りもします。
 結局は、さじ加減、だとは思いますが、皆様からのサポートはいつでも大歓迎ですので、ぜひご一報をお願いいたします(笑)。


PS
ピアニストなど、演奏上の現実的な譜めくりに必要な部分のコピー
 この問題は、よく器楽奏者から質問を受けます。日本の著作権法上では、明文化された条項はありませんが、私は、第32条の規定に基づいて、購入した原本に必要な小節の部分だけ付け足す、という行為に対しては「引用使用として」の複製ができると判断して良い、と考えています。
 第32条は「公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。」となっていますが、つまり、「その他の引用上の目的、すなわち実演という目的のために、公正な手段で入手した複製物をもとに行われる現実的で正当な範囲内での引用目的の複製は可能である」という解釈です。 
 実演に関して規定は、実はあまり明文化されていないところが多いのですが、法目的、つまり「文化の発展に寄与する」を鑑みれば、この現実的に必要な部分の複製は許可されるべきだ、と考えてよいでしょう。「楽譜2冊買って、片方を切って使え」は、法目的には合致しないでしょうね。

2016年5月14日土曜日

中学校課題曲、ポピュラー音楽編曲そして演奏のあり方 (教育音楽 中学・高校版 2016年4月号・掲載)

 以下は、「教育音楽 中学・高校版 20164月号」に掲載された文章です。

====
編曲者の言葉
中学校課題曲、ポピュラー音楽編曲そして演奏のあり方
佐藤賢太郎
====
 中学校の部は、通常の合唱部のほか、授業や学年活動の延長、有志を募った即席合唱団で参加する団の数が他部門より多く、加えて課題曲を学校・学年歌として取り組む学校も多いというのが現状です。「時間をかけて合唱に取り組んだり、声作りをしていない生徒によって歌われる可能性が他部門より多い楽曲」となっている課題曲がもつ現状を踏まえ、まず、声作りに時間がかけられない団にやはり高音は厳しいということから、今回の課題曲は過去の課題曲と比べて声域は狭く、最高音を低く設定してあります。また中学部門は、男女数の想定が難しく男声が非常に少ない団から、学年全体で歌う男女比が平等なのに混声三部で男声が一パートに集中する、といったバランスが悪い状態で演奏を行うことも多いため、今回の楽曲は男声の人数に関係なく演奏できるようにも努めました。
 中学課題曲のねらいは「多くの中学生が自ら合唱に興味を持ち、歌いたいと思える曲を」であり、ポピュラー音楽という最も身近なアーティストによる楽曲提供が続いている中学課題曲は多くの生徒が合唱に興味を持つきっかけとなっているでしょう。しかし「ポピュラー音楽の合唱編曲と演奏のあり方」に戸惑いを感じる指導現場の声があることも事実です。今回の編曲の基本方針は、「ポピュラー音楽であることを十分に生かす」でした。ポピュラー音楽は、一本の旋律の表情豊かな演奏と歌詞が内容の全て、といっても過言ではないため、合唱版もまずユニゾン、そしてホモフォニックな構成で旋律と歌詞を明瞭に歌い上げられる作りとし、楽曲指示は楽想というよりmiwaさんの想いを鑑みた歌詞に対する「ト書き」として、外国語ではなく日本語で書きました。楽曲は歌詞により近づいた構成とし、伴奏も生徒が弾くことも考慮した難度で素敵なものになるように努めました。演奏に関してですが、多くの指導者にとってポピュラー音楽の合唱が「普通の合唱曲」と比べ難しいと感じる理由のほとんどは「スタイル」というものに集約されます。ポピュラー音楽は、ジャズやゴスペル等と同じく演奏の本質は口伝であり、真似であり、音符への自由なアプローチにあります。それらは本質的に「楽譜に書かれない」もので、知っていなければ教えることができないものです。授業活動に加え、課題活動を指導する先生方には大変かと存じますが、本書を手にする熱心な先生方には、自らの生涯学習の一環としてもポピュラー音楽演奏を研究してほしく思います。
 さて私の課題曲制作の方針をまとめると、様々な状況の合唱団にとって取り組み易いものにすると共に、課題曲演奏でポピュラー音楽の演奏スタイルに挑戦する団体を増やす道筋を作るというものでした。今後の課題として、ポピュラー音楽合唱演奏を技術的にどのように対処すべきか、ということについて具体的な啓蒙をしなければいけない、と感じる次第です。
====

 出版上の文字制限があり、私の中でかなり省略してしまった感が残っていたので加筆修正してから掲載しようかと思っていましたが、とりあえず現状のものを掲載することいたしました。